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大阪高等裁判所 昭和35年(ネ)1226号 判決 1961年10月12日

兵庫相互銀行

理由

被告野瀬、同八方を除くその余の被告らは、「原告は、その商号を変更し、業務を拡張したのにかかわらず右事実を身元保証人であつた亡横山栄蔵に対し通知せず、また、身元保証契約の再確認の手続をしなかつたから、同人との身元保証契約は、既に効力を失つたものである。」旨主張し、右主張事実は、後示のようにこれを認定することができるけれども、右事実が存するからといつて、身元保証契約が効力を失うに至るものであると解すべき特別の根拠はないから、右主張は採用できない。

そこで、被告ら身元保証人の責任の限度について以下考究する。

(一)証拠によると、小牟田秀夫が原告に雇用せられることとなり、被告野瀬、同八方、亡横山栄蔵が本件身元保証契約を締結した当時においては、小牟田の勤務場所及び任務は具体的に定められていなかつたが、同人は内勤の希望であつたこと、ところが、同人は採用後初めは本店営業部に勤務を命ぜられ、一時外勤業務に従事していたが、その後業務員としての短期講習を受け、昭和二六年八月原告銀行湊川支店に転勤し、無尽掛金、預金、貸付金利息等の集金及び契約勧誘の事務に従事するに至つたが、原告は、被告野瀬、同八方、亡横山栄蔵に対し右転勤及び転勤後の任務内容につき通知しなかつたことが認められる。右認定の事実によれば、小牟田は、湊川支店転勤により任務が変更せられ、身元保証人の責任が加重せられることになるので、原告は、右身元保証人らに対し「身元保証ニ関スル法律」第三条第二号により遅滞なく右転勤及び転勤後の任務内容につき通知すべき義務があつたものというべきである。

原告は、「右湊川支店の業務は、直接本店の支配下にあつたから実質的な職場の変更ではない。」旨主張するけれども、右主張事実を認めるに足る証拠はないから、右主張は採用できない。

被告野瀬は、「小牟田は、内勤の特約で原告に雇われ、同被告も同人が内勤するものと思い身元保証をした。」旨主張し、また、同被告、被告八方を除くその余の被告らは、「亡横山栄蔵は、小牟田が原告の内勤事務に従事することを条件に身元保証をした。」旨主張するけれども、右各主張事実を肯認するに足る証拠はないから、右各主張も採用できない。

(二)原告がもと兵庫無尽株式会社と称し、無尽業務を営んでいたが、昭和二六年一〇月二〇日商号を株式会社兵庫相互銀行と変更し、銀行業務及び無尽業務一般を営むに至り従つてその業務内容が従前より拡張されるに至つたこと、原告が右商号変更の旨を変更後被告野瀬、同八方、亡横山栄蔵に通知しなかつたことは当事者間に争がなく、証拠によると、原告銀行湊川支店は、右商号変更の際同支店勤務の大部分の従業員の身元保証人に対しては従前に差入れてある身元保証契約書を返還し、新な身元保証契約書を差入れしめたにかかわらず、同支店勤務の小牟田の身元保証人らに対しては、かかる措置をとらず、かつ、右商号変更後の業務拡張についてもその旨の通知をなさなかつたことが認められる。しかし、右通知をなさなかつたことは、「身元保証ニ関スル法律」第三条所定の通知義務違背とはいえない。

(三)証拠を総合すると、小牟田は、原告に雇われてから約半年後(原告銀行湊川支店勤務中)において業務上集金した金員の費消横領を始め、爾来これを継続し、順次その後の集金で横領額を補填して横領事実を隠して来たところ、昭和二八年五月八日訴外藤原喜代松が原告に融資を申込んだことから、小牟田が藤原からの集金二〇万円を費消横領していることが発覚するに至つたこと、小牟田が原告銀行湊川支店に勤務後右発覚の日までは原告本店から年二回位同支店の業務監査が抜打的になされ、その際本店派遣の監査員により集金業務に従事する業務員につき集金状況の調査が行われていたこと、小牟田は、右期間において、横領を始めてから二、三回右監査を受けたこと、その監査は、監査員一名が小牟田の受持集金カード(同人の集金先は約七〇名ないし一〇〇名位)中から約一〇名の集金先を一方的に定め小牟田に案内させてその集金先に赴き集金状況を調査するという方法で行われ一日に終るものであること、右方法によると、運よく右約一〇名の集金につき横領事実がなければ他の集金先の分につきその事実があつても発覚は免れ得るものであること、従つて、右のような回数、方法による監査では集金係員の不正事実は容易に発見し得ないものであること、なお、小牟田の場合は、真実集金先に赴いて調査しないにかかわらず、あたかも真実調査したもののように装い虚偽の調査報告をした監査員もあつたこと、以上の次第で、小牟田は、右本店の監査においては運よく横領事実を発見せられなかつたこと、同人が右支店に勤務中、同支店整理係穴田重次が同支店の監査員として支店長の命により集金事務に従事している業務員の監査を原則として月一回位前示本店の監査と同様の方法で行なうことになつていたが、小牟田は、後示の監査以外は一度も穴田の監査を受けたことがなかつたこと、原告銀行本店及び右湊川支店の小牟田に対する業務監査の状態は以上の如くであり、なお、本店及び右支店とも同人の横領事実を発見し得る厳重、適正な監督、措置を講じなかつたので、前示藤原喜代松からの集金二〇万円横領の事実が昭和二八年五月八日に発見せられるまでは小牟田の既往の横領事実は遂に発覚するに至らなかつたこと、右発覚の翌日頃当時の湊川支店長谷村俊助は、右穴田を調査員として小牟田の集金先につき調査するよう臨時監査を命じたこと、よつて、穴田は、即日監査したが、厳重周到の監査をしなければならぬにかかわらず、同人は、平素小牟田と懇意にしていた関係上右のような監査をせず、調査する集金先を小牟田の任意選択に委せたので、小牟田は、不正事実のない集金先のみを選んで、穴田を案内し調査せしめ、その調査は一日だけ行なわれたこと、従つて、横領事実は発覚するに至らなかつたこと、右支店の監査のみで本店の監査は行なわれなかつたこと、前示のように、藤原喜代松からの集金二〇万円の横領事実が発覚したにかかわらず、原告は、被告等に対しその旨を通知せず、なお、その後同年七月解職するまで小牟田を引続き雇用していたので、同人は、同年六月八日までに前同様集金してこれを費消横領していたこと、同人の前示合計金九五七、三二〇円の費消横領におけるその期間、回数、横領全額は、昭和二八年三月一〇日から右最初に発覚の同年五月八日までの間一七回に横領額合計二〇二、六五五円、同月九日六回に合計二三、〇〇〇円、同月二五日から同年六月八日までの間四六回に合計七〇八、六六五円であること、原告は、同年五月中旬過ぎ小牟田を業務上横領罪で告訴し、警察署において同人及び関係者を取調べた結果同年六月二五日甲第五号証の三記載の前示横領事実が明確になつたこと、そこで、原告は、はじめて同年七月上旬頃被告らに対し右横領事実を通知したことが認められる。

右認定の事実関係によると、藤原喜代松からの集金二〇万円横領の事実が始めて発覚した昭和二八年五月八日以前における原告の小牟田に対する監督には過失があつたものと断定することができるし、同日の翌日以後における原告の小牟田に対する監督、措置及び被告らに対する行為については遺憾の点が多い。すなわち、右二〇万円の横領事実が発覚した以上、原告は、直ちに小牟田をして集金事務を中止せしめるか、集金以外の事務に従事せしめるかの措置をとり、他に不正事実がないかを、本店においても、支店においても厳重、徹底的に監査すべきであつた。そうすれば、昭和二八年五月八日までの他の横領事実も発見することができ、同月九日以降の前示横領は防止し得たはずである。なお、原告は前示藤原喜代松からの集金横領発覚後は、「身元保証ニ関スル法律」第三条第一号により被告ら身元保証人に対し、遅滞なくその旨通知すべき義務があるにかかわらず、右義務を怠つた。被告らは、右通知を受けていたら、同法第四条により将来に向つて本件各身元保証契約を解除し得た。仮に、解除しなくても、被告らは、原告をして、小牟田を集金事務以外の事務の業務員に転勤せしめるとか、小牟田につき他に不正事実がないかを厳重調査せしめるとか、被告ら自ら小牟田に対し不正事実なきかを追及調査するとかの措置に出て、以つて将来の不正行為を防止し得従前の横領事実を発見することを得るに至つたとも考えられる。とにかく、原告が右通知義務を履行していたら、少くとも昭和二八年五月二五日以降における小牟田の前示横領行為は防止し得、従つて同行為に基く損害については、被告らにおいてその責任を負担せずにすんだであろうことは推測に難くない。以上の次第で同年五月九日以降の横領の分については、原告において小牟田に対する監督、措置につき過失があつたことは明かである。

(四)証拠によると、被告野瀬は、以前県会議員に立候補したことがあり、小牟田の母がその選挙の際同被告のため選挙運動をしてやつたことがあつて知合であつた関係上右母の懇請により本件身元保証をするに至つたこと、亡横山栄蔵は、同人と右母とが従兄弟であつたので母からの懇請により本件身元保証をするに至つたこと、被告八方は、右母とは単なる知合に過ぎなかつたが母の懇諸により本件身元保証をするに至つたことが認められる。

(五)(省略)

(六)(省略)

右認定の(一)ないし(四)、(六)(イ)の各事実(但し、(二)については、その後段の認定事実に基づく説示を含む)に、本件に現われた諸般の事情を彼此参釣して考えると、被告野瀬、同八方、亡横山栄蔵が原告に対し身元保証人として賠償すべき金額は、原告の前示損害金九五七、三二〇円のうち、金二〇〇、〇〇〇円と定めるを相当とする。そして、原告会社(本件各身元保証契約成立当時は前示のように兵庫無尽株式会社)は商人であるから、右被告ら三名との本件各身元保証契約は、原告にとつては商行為であるというべく、従つて、商法第五一一条第二項後段により右被告ら三名は右損害賠償債務につき各自連帯してその責に任ずべきである。(以下省略)

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